生と死

生と死

死を越える生

緩和ケア病棟で、「死ぬのが恐い」という男性に、「死んでも何も変わりませんよ」と応じた。わたしが、「死んでも何も変わりませんよ」と言ったのは、ソクラテスが念頭にあった。ソクラテスは、死を場合分けして評価する。もし、死が無への回帰であり、熟睡のような気持ちの良いものであれば、死に忌むべきものは何一つない。それとは反対に、魂が不滅だとすれば、死は、魂が肉体の束縛から解放される至福以外のなにものでもない。つまり、意識がなくなって、自己が無になるとすれば、その無になった自己を確認する手立てはないのだから、熟睡のように「何も変わらない」。そうではなく、魂としての自己は死後も継続するのであれば、これまた「何も変わらない」。
生と死

経験の地平を超えた世界を想像する

トルストイは、家庭も仕事も順風満帆に進んでいるとき、人生の無意味さに悩み、自殺を考えるまでになる。世界のあらゆる価値が失われ、世界は魅力を失い、よそよそしく不吉になった。この事態は、末期がんを宣告された患者にもよく起こることである。トルスト...